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東京地方裁判所 昭和34年(行)97号 判決

原告 社会福祉法人佐野長生会

被告 東京税関長 外一名

訴訟代理人 朝山崇 外五名

主文

被告東京税関長が原告に対し昭和三三年六月三〇日付でなした税額金三四八、八八〇円とする関税賦課処分を取消す。

被告大蔵大臣が昭和三四年二月五日付で、右関税賦課処分に対する原告の訴願につきなした訴願棄却の裁決を取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求の原因及び被告の主張に対する反駁として次のとおり述べた。

一、被告東京税関長は原告に対し主文第一項記載のような関税賦課処分をなし、これによる納税告知書がその頃原告に到達したが、原告は右処分を不服として同年八月二三日同被告に対し審査の請求をしたところ、請求を棄却する旨の決定をうけたので、さらに被告大蔵大臣に対し訴願を申立てたが、同被告は、主文第二項記載のように昭和三四年二月五日で、訴願を棄却する旨の裁決をし、右裁決書は同月一三日原告に到達した。

二、しかしながら、被告東京税関長のなした関税賦課処分(以下本件賦課処分という)は、以下に述べるとおり違法であり、したがつてこれを容認した被告大蔵大臣の裁決(以下本件裁決という)もまた違法である。

(一)  被告らがそれぞれ本件賦課処分及び本件裁決をなした理由というのは次のとおりである。

原告は、昭和二九年二月一五日頃自動車ブローカー訴外山本平次郎から、キヤデラック一九五一年式普通自動車一台(以下本件自動車という)を買受け、同月一八日大阪陸運事務所において、所有者を原告とする道路運送車両法の規定による新規登録をうけたが、右自動車は、もともと訴外山田克らが同月一〇日頃アメリカ海軍軍人テルス、ニコルソンから譲受けたもので、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律(以下臨時特例法という)第六条の適用をうけた物品(以下関税免除品という)であつたから、これを右訴外人らが譲受けるにあたつては、同法第一二条により輸入免許をうけ、かつ関税の納付を要するにかかわらず、右通関手続を経ることなくこれを譲受け、訴外影山輝一、山田リツと共謀して輸入免許証を偽造し、これを添付して本件自動車を転売し、前記のように大阪陸運事務所において、右偽造書類を使用して原告名義の新規登録をなし、もつて本件自動車に対する関税三四八、八八〇円を逋脱したものであり、そのため右山田克及び影山は、昭和三二年八月九日東京地方裁判所において、有罪の判決をうけ、かつ、本件自動車については、それを没収することができない場合にあたるとして、自動車の原価に相当する八七二、二八〇円を追徴する旨の言渡をうけた。原告は右のようにして本件自動車を譲受けたものであり、昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法(以下これを旧関税法といい、右法律により改正されたものを新関税法という)第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該るから、同条項にもとずき原告に対して本件賦課処分をなした。

(二)  すなわち、被告東京税関長は、右登録の日に山田克らによる関税逋脱の犯則が行われたものとし、旧関税法第八三条第四項により原告を犯則当時の所有者と認めて本件賦課処分をしたもので、原告として、山田克らが被告主張のとおり本件自動車を譲受け、かつ、違法行為をした事実はこれを争わないのであるが、しかし、本件自動車につき関税逋脱がなされたのは、山田らが通関書類の偽造を完了したときであると解すべきであつて、右偽造書類を行使して原告名義に登録をなしたときであると解すべきではない。米軍人軍属より譲受けた自動車を日本人名義で登録するには、まず軍人軍属の所有名義の登録について廃車の手続をしたうえ通関し、通関書類を添付して新規登録の申請をするものではあるが、関税の逋脱と新規登録とは本来なんの関係もないからである。通関を経たからといつて法律上当然に新規登録をしなければならないものではなく、これをしないまま放置することもありうるわけであり、唯登録がなければ運行の用に供しえないだけである。関税逋脱の行為は、通関がなされたと同様の状態になつたときに完成されたものというべきであり、したがつて本件についてみれば、通関書類の偽造が完了したときに右のような状態になつたものと解すべきである。それ以後の手続は、すでに通関手続とは無関係に進行するだけである。すなわち、それ以後に所有者として現われた原告は、旧関税法第八三条第四項の犯則当時の所有者には該らないといわなければならない。

昭和二九年七月一日から施行された新関税法によれば、本件の犯則行為は、同法第一一〇条第一項第二号に該当するが、これに該当する貨物の没収、追徴、関税の徴収について規定した同法第一一八条によれば、同条第一項第二号の場合(「前号に掲げる犯罪が行われた後、その情を知らないで犯罪貨物等を取得したと認められるとき」)には、所有者からの関税の徴収は行わないこととされており、原告はまさに右第一一八条第一項第二号に該当する者である。このことは、被告大蔵大臣としても、本件裁決の理由中で認めているところである。そうだとすれば、犯罪の既遂時期について、新法と旧法とで解釈を異にすべき合理的な理由はないから、旧関税法の解釈としても、原告は犯則当時の所有者ではないといわなければならない。このことはまた、東京地方裁判所が被告人山田克外二名に対する関税法違反等被告事件につきなした判決の理由において、本件自動車は、「犯罪の当時犯人の所有及び占有にかかるものであるが、社会福社法人佐野長生会において右犯罪の後これを取得し」たものと認定していることに徴しても明らかである。

被告は、本件自動車のような関税免除品については、譲受後においても税務官庁が輸入申告を特に認めて関税賦課の手続をとつていたから、通関書類の偽造を完了したという段階では、いまだ税務官庁の関税賦課権の行使が不能または著しく困難になつたということはできず、精々関税逋脱罪の未遂の程度に過ぎないと主張するが、税務官庁が便宜認めた取扱の故をもつて、関税逋脱罪の既遂時期が、登録時まで繰り下がる理由はないから、右主張は失当である。

(三)  かりに右の主張が理由がなく、本件自動車の新規登録がなされた時に関税逋脱がなされたものと解すべきだとしても、なお原告は犯則当時の所有者ではない。すなわち、本件自動車の買受契約(その日付は、昭和二九年二月一八日である。被告主張の同年同月一五日頃には、たんに売買の下交渉がなされたにすぎない。)においては、原告名義の登録を了したうえで代金を支払い、代金支払と同時に本件自動車の所有権が原告に移転するという約定がなされていたから、登録時には、いまだ所有権の移転がなされていなかつたからである。

(四)  旧関税法第八三条第四項を被告主張のように解釈し、原告に対して本件賦課処分を適法になしうるものとするならば、それは原告の財産権を不当に侵害するもので、憲法第二九条に違反するものといわねばならない。すなわち、原告が本件自動車を買受けるにあたつては、形式上は正式にこれが原告名義で登録されていたのである。何人がそれまでの過程において不正な手続があつたと思うであろうか。このように平穏かつ、まつたくの善意で本件自動車を取得したにかかわらず、取得後四年余りも経つてから関税を賦課するのは、まさに不当に財産権を侵害するものというべきだからである。

三、以上のとおり、被告東京税関長のなした本件賦課処分は、旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の所有者」の解釈適用を誤り、もしくは事実を誤認したもので違法であるから、本件賦課処分及び本件裁決の取消を求める。

被告ら指定代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び被告らの主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める(但し(原告が被告東京税関長に対し審査の請求をしたのは、昭和三三年八月二九日である)同第二項の事実のうち、被告らが原告主張のような理由で本件各処分をしたものであり、原告がその主張のような経過で本件自動車を買受けたものであることは認めるが、その余の事実は争う。原告のその余の主張は争う。

二、本件自動車に関する関税逋脱罪の成立時期

関税逋脱罪は、不正の方法により貨物を輸入し、関税の賦課を免れることによつて成立するが、元来貨物を輸入するときは、あらかじめ税関に輸入申告をし輸入免許をうけなければならず(旧関税法第三条)、しかもその免許は、輸入申告者が関税を納付した後でなければこれをしない取扱いであつたから(新関税法第七二条は、関税納付の後でなければ輸入許可をしない旨明文をもつて規定している)、一般には、無免許で輸入した場合、輸入と同時に関税逋脱の結果が生ずるから、その段階で関税逋脱罪も成立する。たとえば、開港場以外の地に貨物を陸揚げしたり、貨物を隠匿して税関を通過する等の方法により輸入した場合は、輸入貨物が関税の対象物件であるかぎり、その輸入行為の完了によつて関税逋脱罪も既遂に達する。

ところで、臨時特例法第六条所定の関税免除品を日本国内において、合衆国軍隊の構成員等以外の者が譲受けようとするときは、同法第一二条によつて、その譲受を輸入とみなされ、関税法及び関税定率法が適用される結果、その自動車が転々譲渡されたときは、そのいずれの譲受も輸入とみなされることになるから、合衆国軍隊の構成員等から直接譲受ける場合にかぎらず、関税免除品を譲受けようとするときは、輸入免許、関税納付の手続が終了していないかぎり、関税法の規定のうえからは、一般の場合と同様輸入申告をし、関税を納付のうえ、輸入免許をうけた後でなければ譲受けることができず、したがつて関税逋脱罪の成立時期についても、一般の場合と区別する余地がないかのように思われる。

しかし、合衆国軍隊の構成員等から譲受けようとする関税免除品が自動車である場合には、まず譲渡人である合衆国軍隊の構成員等において、駐留軍憲兵隊から譲渡許下をうけることを要し、その許可をうけるには譲渡人と譲受人間で売買契約が成立していることが前提となつていた関係上、実際にはあらかじめ輸入申告をして輸入許可をうけることが不可能であり、そのため税務官庁としても、輸入免許を経ない譲受を、直ちには無免許輸入(旧関税法第七六条)ないし関税逋脱(同法第七五条)として扱わず、合衆国軍隊の構成員等から直接譲受けた者が、譲受後相当期間を経過して輸入申告をした場合はもとより、それ以後の譲受人から輸入申告があつた場合も、その申告を受理し、関税賦課の手続をとつていたから、一般関税対象品の輸入の場合と異なり、単に税関手続を経る以前に、自動車を譲受けたという一事をもつて、関税逋脱罪が成立すると解すべきではなく、譲受行為の外、不正に関税を免れる意思の下における行為があつて、それにより関税逋脱の結果が生じたとき、すなわち、税務官庁が関税賦課の権限を行使できなくなるとか、或いは、その行使を断念することも不合理ではないと認められる事態に達したときに、はじめて、関税逋脱罪が成立するものと解するのが相当である。

これを本件についていえば、訴外山田克等が訴外川守康夫等を介して、偽造の輸入免許証を新規登録申請書に添付のうえ陸運事務所に提出し、不正に本件自動車の新規登録をうけたことによつて、本件自動車は、一見正当に税関手続を経て対抗要件を備えたかのような外観を呈するとともに、自由に運行の用に供し得る体裁を整えたことになり、その段階においては、もはや税務官庁が関税賦課の権限を行使することを断念しても不合理とはいえない事態に達したということができるから、新規登録をうけたときに関税逋脱罪が成立したものと解すべきである。原告は、右山田等が通関書類の偽造を完了した時期に関税逋脱罪が成立するかのように主張するが、本件自動車のような関税免除品については、税務官庁が譲受後においても輸入申告を特に認めて関税賦課の手続をとつていたから、その段階では、税務官庁の関税賦課権の行使が不能または著しく困難になつたということはできず、精々未遂の程度に過ぎないという外ない。

本件自動車に関する関税逋脱罪の成立時期は、右のとおり原告が新規登録をうけた時期、すなわち昭和二九年二月一八日であるが、原告は、それ以前である同月五日頃本件自動車を買受け所有権を取得したのであるから、当然旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該る。したがつて、同条項にもとづき原告に対しなした本件賦課処分及び本件裁決は違法でない。

三、原告は、本件自動車の売買に当つては、原告名義の新規登録が行われたうえで代金を支払い、所有権の移転をする契約であつたから、犯則当時の所有者ではない旨主張するが、原告が本件自動車を買受けた際の売買契約は、そのような内容のものではなかつたから、売買契約の締結と同時に原告に所有権が移転しているのであつて、そのことは原告名義の新規登録をうけるに当つて、原告が所有権を有する旨の証明が行われていたこと(道路運送車両法第七条第一項)によつても明らかである。

四、原告は、本件自動車に関し原告に関税を賦課することは憲法第二九条に違反する旨主張するが、憲法の下では、租税を創設し、改廃することはもとより、課税標準、課税手続等の租税の具体的内容は、すべて法律に基いて定めなければならないと同時に、法律に基いて定めるところに全面的に委ねられているものと解すべきであるから、旧関税法第八三条第四項を根拠としてなした本件賦課処分及びこれを適法と判断した本件裁決が、憲法第二九条に違反しないことは明らかである。

立証〈省略〉

理由

一、被告東京税関長が原告に対し、本件自動車に関して原告が旧関税法第八三条第四項にいう、「犯則当時の貨物の所有者」に該るとして、同条項にもとずき原告主張の日付でその主張のような関税賦課処分をなし、原告はこれを不服として同被告に対し審査の請求をしたところ、請求を棄却する旨の決定をうけたので、さらに被告大蔵大臣に対し訴願の申立をしたが、同被告は原告主張の日付をもつて訴願を棄却する旨の裁決をしたこと、本件自動車はもともと臨時特例法第六条に規定する関税免除品であつたが、昭和二九年二月一〇日頃訴外山田克らにおいて、同法第一二条及び旧関税法の規定による輸入免許、関税納付等の手続を経ることなく、これを米国海軍軍人テルス・ニコルソンから譲受け、訴外影山輝一、同山田リツと共謀して通関書類を偽造し、これを添付して転売し、原告において、ブローカー訴外山本平次郎からこれを買受け(買受け日付の点は除く)、同月一八日右偽造通関書類にもとずき原告名義に新規登録がなされたことは当事者間に争がなく、原告は本件自動車が正当に輸入されたものと信じてこれを買受けたものであることは、成立に争ない田第三号証、乙第一号証証人宮崎五郎の証言及び原告代表者本人尋問の結果によつて明らかである。

二、そこで本訴の争点は、原告が旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該るかどうかであり、その前提として本件において関税逋脱罪はいつ既遂に達したものと解すべきかが問題である。

(一)  臨時特例法第六条により関税を免除されている物品を、合衆国軍隊の構成員等の免税特権者以外の者が、日本国内において譲受けようとするときは、同法第一二条によつてその譲受が輸入とみなされ関税法等の適用をうけることとされているが、旧関税法第三一条は、貨物の輸入をしようとする者は税関に申告し、貨物の検査を経てその免許をうけるべきことと定め、同法第四条は、関税は輸入申告者から徴収する旨規定しているから、旧関税法は、新関税法第七二条のような明文は有しないけれども、それと同趣旨において、関税を納付すべき外国貨物についてはあらかじめ関税が納付された後でなければ輸入免許を与えないことを建前としているものと考えられ、旧関税法はさらに、第三四条において、輸入貨物は輸入免許をうけた後か或いは税関の認許を得て税額に相当する担保を提供したときの外はこれを引取ることができない旨規定している。したがつて、あらかじめ税関に申告することなく関税未納の貨物を輸入したときは、税関をして本来関税を賦課徴収すべき時期においてその賦課決定の機会を失わしめ、その結果不正に関税を免れたものとして、ここに旧関税法第七五条の関税逋脱罪が成立するものと解され、このことは臨時特例法第六条の適用をうける関税免除品を免税特権者以外の者が日本国内において譲受けようとする場合についても同様に解すべきものである。ただし関税免除品の譲受以前に申告をなさしめて関税を賦課徴収することを建前とする臨時特例法第一二条、旧関税法第三一条等の規定の趣旨からすれば、右特例法第一二条にいう「譲受」は、売買、贈与等単なる所有権移転の意思表示ではなく所有権の移転に伴う引渡の趣旨と解しなければならない。

(二)  被告らは、山田克らが本件自動車を米国軍人から譲受けた当時においては、税関は、関税免除品がとくに自動車である場合には、その譲受後も事後の譲受申告を認めてこれを受理し、関税賦課の手続をとつていたから、単に事前に申告することなく譲受けたというだけではいまだ関税逋脱の結果が生じたとはいえず、この段階では関税逋脱罪の既遂と解すべきではないと主張する。そして成立に争ない乙第二号証ないし第四号証及び証人安藤平、同久保田一夫の各証言によれば、当時在日米軍の内部では、免税自動車の免税特権者以外の者への譲渡については通関手続以前に譲渡代金の決済及び物件の譲受をなさしめる取扱がなされていたので、税関としても、事後の申告をも受付けざるを得ないような実情にあり、事前の申告がなくともそのことだけでは告発等の措置をとつていなかつたことが認められるが、たとえ当時このような実情にあつたとしても、それだけでは旧関税法の事前申告の建前が変更されたものとは解し得ないから、もともと関税納付の意思なくして事前申告をすることなく免税自動車を譲受けて引渡をうければ、その時に関税逋脱罪が既遂に達したものと解すべきことに変りはない。ただ、右のような実情にあつたため、関税納付の意思はありながら事後の申告で足りるものとして事前の申告をしなかつたとか、このような状況のもとにおいては事前申告を通常人に期待することができなかつたとか、の理由で譲受人の主観的要件を欠くことにより、その罪が成立しないものとされる場合のあることが考えられるにすぎない。したがつてこのような場合は、譲受当時において譲受入に関税納付の意思があつたかどうかが罪の成否を分つこととなり、意思の存否は外部的に認識が困難であることは否定できないけれども、それは結局事実証明の問題にすぎず、そのことの難易のために法律解釈を異にすべきものではない(右のように事後の申告をも受付ける取扱のもとでは、もともと税関に申告して関税を納付する意思がない者に対しても、事前申告をしないで譲受けた事実だけでは多く関税逋脱犯として立件せず、むしろこの段階では、申告がなければ納税告知ができないとの旧関税法第四条の建前上事後でも極力申告を慫慂して関税を徴収することとし--被告らの主張する税務官庁の関税賦課権限の行使とはこのことを指すものと解される--、通関証明書の偽造ないし偽造書類を使用しての新規登録というような逋脱の犯意を外部的にも捕捉し得る行為がなされたときに初めてこれを関税逋脱犯として問擬することとしていたと思われる税関当局の取扱は、犯意の立証が困難な事柄であることからして、それはそれとしてまことに止むを得ない取扱であつたといえるのであり、右のような難点を取除くために、昭和三三年法律第六八号による改正後の臨時特例法では、関税免除品の第一次の譲受をもつて輸入とみなすとともに、右譲受人を関税の納税義務者と規定し、また免税自動車については第二次以降の譲受人を連帯納税義務者と規定し、もつて無許可譲受人及びその者から順次譲受けた者に対しては、犯則容疑の有無とは関係なしに申告をまたずして各納税告知をなしうるものとしたのであるが、これらのことの故に関税逋脱罪の既遂時期を前記通関書類の偽造ないし登録の時点にまで繰下げることは、右改正前の臨時特例法のもとにおける関税徴収の便宜ないし確保という立場からするのならともかく、理論的には首肯できないところである。)要するに、関税を納付すべき貨物であることを知りながら最初から関税を納付する意思がないために譲受の申告をすることなく免税自動車を譲受けて引取つた場合には、前記認定のような実情の有無にかかわらず、その時に直ちに関税逋脱罪が既遂に達するものと解すべきである。そして本件において山田克らが本件自動車の譲受の申告をしなかつたのは関税を免れようとしたためであつたことは、譲受後に通関書類を偽造行使したことから容易にこれを推認することができるのである。しかも原告が本件自動車を譲受けたのは前認定のように訴外ブローカー山本平次郎からであるから原告が訴外山田の犯則当時の所有者でないことは明らかというべきである。

(三)  旧関税法第八三条第四項は、同条第三項の追徴をする場合には関税は「犯則当時の貨物の所有者」から徴収する規定しており、これは原則として輸入申告者を納税義務者とする同法第四条の例外規定であるが、この規定の趣旨は、正規に輸入申告がなされれば当然その申告者から輸入免許に先だつて関税を賦課徴収するはずであつた貨物が、正規の通関手続を経ることなく輸入されたために輸入前の関税の賦課徴収が不可能となつた場合において、当該貨物を没収する場合は別としてその原価を追徴するにとどまるときは、そのままでは結局関税を課せられることなく輸入貨物を所有せしめたと同一に帰するから、犯則当時の所有者につき当該関税を賦課徴収して他の場合との均衡をはかり、かつ税収入を確保しようとすることにあると解せられる。右規定の趣旨が右のようなものだとすれば、そこには「犯則当時の貨物の所有者」を納税義務者としてはいるもののむしろ多くの場合はそれは本来の納税義務者である旧関税法第七五条の犯則者と一致すべきことを予想しており、たまたま貨物を輸入した者がその所有者でない場合にもこれを逸することなからしめんとするにすぎないものというべきである。このことは同条但書の規定からもこれをうかがうことができる。

(四)  以上のとおりであるから、山田克らが本件自動車を米国軍入から譲受けるにあたつて、関税納付の意思なく、通関手続を経ないでこれを譲受け引渡をうけた以上、旧関税法第七五条の関税逋脱罪は右引渡をうけた時に既遂に達したものといわなければならず、同人らがその後においてなした通関書類の偽造、行使及び原告名義の新規登録はいずれも関税逋脱罪の関係では事後行為にすぎない。そして右既遂の時に山田克らが本件自動車の所有者であつたことは明らかであるから、結局旧関税法第八三条第四項の「犯則当時の貨物の所有者」は原告ではなく、山田克らであると解するのが相当であり、このように解することは前記のような同項の趣旨にも適合するのである。したがつて被告らが本件自動車に関し原告が旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該るものとしてなした本件賦課処分及び本件裁決は、結局において法律の解釈適用を誤つた違法な処分といわなければならない。よつてこれが取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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